Project story 01

人生初の1人暮らしはまさかの中国

海外ビジネスの道を切り拓く。

蘇州英特科制造外包有限公司広州分公司
営業部長/森田 慶

Project Number

Story 01.

入社して最初の4年間は横浜営業所のファクトリー事業部に所属。ものづくりの最前線ともいうべき、工場で実際に生産に携わる業務のアウトソーシングを担当していました。ファクトリー事業部で結果を残し、自分の中である程度やりきった感を得ていた頃に、上司からグローバル事業部を立ち上げ、海外での人材派遣ビジネスを始めるという話を聞いたのが異動のきっかけ。やってみたいと手を挙げたところ、とんとん拍子で話が進み、中国の関連会社で勤務することが決まりました。中国企業との合弁会社「エングマインテック」が設立され、広州支社の営業部長として私が赴任することに。海外支社の営業部長というと聞こえがいいかもしれませんが、私が赴任した当初はオフィスに日本人は私だけ。オフィス環境も整っておらず、住居を兼ねた一室が仕事場でした。中国に進出している日系企業がお客様なので、仕事の面では日本人相手のやりとりでしたが、生活面では言葉や文化の違いに直面。日本でイメージしていた以上の苦労がありました。

Story 02.

支社のある広州は日本の大手自動車メーカーが進出しており、自動車関連産業の一大集積地となっています。そのなかの、ある企業様を怒らせてしまった経験は、今でも心に残っています。中国に赴任して間もない頃のこと、知識も経験も不足していたため、お客様の要望に対してスムーズなレスポンスをすることができず、お叱りを受けました。仕事に対してとても厳しい方だったので、「森田さんでは話にならない。上司の方と話がしたい」と言われてしまい、電話もとっていただけない状態に。上司を呼ぶにも、本社のある蘇州は広州からとても離れた場所にあり、何より自分で解決できないことが悔しかったので、諦めずに訪問を繰り返しました。その甲斐あって、私のことを信頼してくれるようになり、今では一番よくしていただいているお客様の1人です。仕事に熱い方なので、今でも厳しい指摘を受けますが、おかげで多くのことを学ばせてもらっています。あの時、諦めて上司を頼っていたら、きっとこの関係はなかったでしょうね。

Story 03.

中国勤務も3年が過ぎ、最初は私1人だった広州支社も、今では派遣するスタッフを含めて400名の大所帯になりました。自宅を兼ねていた事務所も、独立したオフィスとなり、赴任した当初の環境を思うと、何とかここまで頑張ってきたなと感慨深いものがあります。広州支社では取引のある企業様の数自体は多くないものの、それぞれの企業様の規模が大きく、深いお付き合いをさせてもらっているというのが特徴。前章で紹介したお客様も、その1人です。営業としてお客様1社1社と密なお付き合いをさせてもらいながら、支社をまとめる立場として、営業以外にも業務の範囲が広くなりました。ワールドインテックが様々な社内環境が整った会社だったため、余計に今の会社では足りない部分が目に付き、社内インフラの整備、制度面の充実などに力を注いでいます。近くに相談できる人がいない環境に置かれていることがマイナスではなく、逆に自分で勉強して何とかする問題解決力を強化。この3年間で随分たくましくなったと思いますね。

Story 04.

予定ではあと半年くらいで帰国することになっています。「森田さんだから任せる」とお客様から言っていただけるのは有難いことですが、会社としてはそれではいけません。今は、後任の担当者が仕事をしやすいように環境を整備している最中です。海外から客観的に日本を見ることができたというのは、私にとって貴重な財産。中国経済の勢い、失敗を恐れずアグレッシブに物事に取り組む中国人の国民性を目の当たりにし、学ぶことも多くありました。また、一営業担当ではなく、広州支社の立ち上げから軌道に乗せるまでのプロセスを経験できたというのも私の強み。帰国後は、これらの武器、経験を会社に還元して活躍していきたいと考えています。ワールドインテックでは今後も海外事業を強化していく方針ですし、M&Aによる新会社も次々に生まれています。中国勤務の経験で、新しいことに挑戦して、困難を乗り超えた先にある達成感を得ることができたので、帰国後も新たな分野で“私にしかできない仕事”にチャレンジしてみたいですね。

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